Letters

文章を公開する方法を見直し、以下のような感じにしようと考えている。

  • 長めの手紙と、短い断片に分ける。
  • 長めの手紙は、それなりに読めるものを、ある程度丁寧に書く。長めといっても、別にすごく長く書きたいわけではない。あまりにゴミなものは書かないというだけで。
  • 短い断片は、日付ごとの箇条書きを一週間単位でまとめる。これは要するに tweet まとめみたいなもの。読み物としての価値はあまりなさそうだが、友人などに「生きてますよ」という役にはたてばいいかないいかな、くらい。

これらを書き溜め、なんらかの形でまとめて公開する。たぶん年末に、HTML 生成ツールみたいのでコンパイルしてどこかにアップロードするかんじ。それとは別に、一部の友達などには草稿をメールで送りつける。形態としてはいわゆる newsletter みたいだけれど、どちらかというとほんとにただの手紙というか letter というほうが気分としては近い。


なぜこんなめんどくさいことをするのか。Blog と Twitter でもやればいいのではという指摘はもっともだけれども、自分はインターネット中毒をこじらせてしまいひと目のあるところにリアルタイムで書いたものを公開すると精神衛生を損ねてしまう。一方でやはりインターネット中毒をこじらせてしまったので書いたものをオンラインに置かないのはそれはそれで落ち着かない。

折衷案として、二年くらい日々なんとなく書き溜めたプライベートなブログを年に一回公開する、ということをしていた (2016, 2017.) この方法は悪くなかったが、一方でいくつか問題もあった。

  • 若干さびしい。ブログというものが本来もっていた会話としての性質が失われて、完全に独り言になってしまった。
  • どうせ読まれないという気楽さから、文章がどんどん雑になっていった。発言が乱暴になるという意味ではく、単に読みにくいとか、無駄に長いとか。文章を読み書きするのが好きな身として、日本語が乱暴になってしまうのはやや悲しい。
  • 一方で、誰かに読まれるという圧力から考えていることを単に箇条書きでダンプする書き方はできず、本来は掃き出しておきたい half baked な考え事が頭の中に滞りがちでストレスになった。

世の中的には、会話は雑に Twitter でやり、丁寧な文章は Blog に書き、考え事のダンプは Evernote などノートアプリにやるのが定石だとは思う。ただ自分は色々なものをこじらせた結果これらができないので、やや定番から外れた方法をとっている。他人に勧めはしないにせよ悪い方法というほどでもない、という話を書きかけたけれど不毛なのでやめます。