異動ルールズ

異動してみた。Chrome と関係ない Android アプリのチームへ。

モバイルに詳しくなろうと余暇にちまちまコードを書いてみたもののまったく捗らない。いっそ仕事にしてみようという次第。座席の引越しから数日、よろよろしながらもやっと初コミットできた。めでたい。

Work Rules という本がある。 Googleの人事(People Ops)のボスによる Google の本で、人事制度を中心に企業文化やシステムを紹介している。 いまいち時代背景が不透明な How Google Works と違い大企業としての Google をうまく描いている。興味深く読んだ。

中でも三つの論点が印象に残った。透明性、自由、そして管理職の権威を削ぐこと。異動の支度をしながら読むと説得力がある。一例として様子を書いてみたい。

Google のエンジニアリング部門は、たまの異動を薦めている。いろいろ経験してよいエンジニアになりなさいね、という意図だと思う。強制されるわけではない。同じ製品の仕事を続ける人も多い。一方で数年おきに居場所を変える人も少なくない。

透明性

社内には求人サイトがある。既存の製品からリリース前の秘密プロジェクトまで幅広く募集がある。面白そうなものをいくつかブックマークし、どれにしようと思いを馳せる。

ここで透明性が光る。

募集要項には一緒に働くであろうチームメイトのリストがついてくる。チームの規模や地理的な散らばり具合がわかるほか、社内名簿経由でレジュメを辿れば期待されるスキルセットも透けて見える。私は小さめのチームがよかったので、チームメイトの名前が長々と並ぶところはやめておいた。

大抵はプロジェクトのコードネームも載っている。秘密プロジェクトの求人は詳細をぼかし「メールで訊いてね」などと書いてあるが、コードネームで社内を検索するとあっさりプロジェクトのページ (Google Sites) がみつかったりする。リリース前の製品だと閲覧制限されていたりもするけれど、まあ半分以上の募集では何かしら見つかる。同様にチームメンバーの名前を検索すればメーリングリスト(Google Groups) のアーカイブにたどり着く。締め切り前にチームを励ますマネージャからのメールが目に止まる。いいマネージャだけど締め切りきついのはちょっとな・・・と思ったりする。

ページにはコードのビルド方法が書いてある。特殊なケースを除き、大半のコードは読める場所にある。チェックアウトすればコードの規模や好みがわかる。履歴から開発ペースもわかる。コミットログを集計してエースか誰が推し量ったりしてみる。名簿にない名前がログにあらわれ、誰かと思ったら少し前に異動でチームを離れた人だった・・・そんなこともわかる。

Googlegeist と呼ばれる社内サーベイの結果を公表しているチームもある。チーム外に公表するかどうかは当人たちの意向次第のため必ずしも気になる結果が見えるわけではない。私の異動先は結果を公表しており、スコアは良かった。このサーベイはけっこう素直に現状を描きだすと経験上知っているから、好スコアは不安を少し和らげてくれた。

知り合いの少ない自分にとって、この透明性は助けになる。

権威と自由

一通りのストーキングを済ませたら候補を絞り込む。もたつく間にいくつかの募集は姿を消していた。まだ生きている募集の窓口にメッセージを送る。該当チームの管理職から返事。どんな仕事があるのか話を聞いてごらんとメンバーを紹介される。ビデオ会議で話したり、ランチを食べつつ話を聞いたり。そのあとマネージャ当人とも話す。人事考課の過去ログを見せたりなんだりしたあと、大丈夫そうだから気が向いたら手続きしてねと連絡をもらう。

行き先の目処が立った。ここで上司に申し開く。もう C++ には飽きました。よそのチームで Java やります。などと伝える。おやおや、他の Chrome プロジェクトをやるってのはどう?そんな代案を丁重にお断りし、じゃあ仕方ないねと話は終わる。

異動手続きのサイトでフォームを埋め提出。値の張る買い物みたいな承認のワークフローが始まる。けれど承認チェーンに並ぶのは異動先のマネージャたち。自分の今の上司はいない。ある条件を満たした異動を、管理職が妨げることはできないという。次のリリースまで待ってくれと口を挟むくらいがせいぜいらしい。

私の場合はすでに話をつけてある。だから承認されない心配はない。社内の異動ガイドにもきちんと話を通せとある。けれど実はそもそも承認がいらなかったとは、少し驚く。

ここで渋られても困るから、的を射た設定だとは思う。これが管理職の権威を削ぐ構造の一部なのだろう。おかげで自分は労もなく好きにチームを移ることができる。特に気にしていなかった空気のようなこの自由はシステムのデザインだった。多少の誇張もあるにせよ、そんな面はたしかにある。まあ、伝え聞くところによるとアメリカのテック大企業はだいたい似たようなものらしいけれど。

これは良いデザインなのか?あてにしていたメンバーがあっさりいなくなってしまうこともありうる。大丈夫なのかしら。でも考えてみれば、無理に引き止めた相手は厭気が差し転職してしまうかもしれない。それなら異動くらいで済んだ方がよかろう。

大企業、巷でいうほど悪くないじゃん。勤務先を見直す一幕と一冊だった。